JFJN 新型コロナウィルス感染症特集・第1回「スウェーデン」

スウェーデンの医療現場/撮影:Meker Dahlstrand/imagebank.sweden.se

新型コロナウイルス感染症は、世界各地で拡大している病気です。そのため国境を超えて各国の情報を収集することが重要になってきます。そこで、JFJNは世界各国の医療専門家やジャーナリストらから新型コロナウイルス感染症に関する様々な情報を聞き感染収束に役立てたいと考えています。

第1回はスウェーデンです。福祉国家として有名な国ですが、同時に科学的な社会実験を行なっている国でもあります。現在、数多くの国がロックダウン(都市閉鎖)によって新型コロナウイルス感染症の収束を目指していますが、スウェーデンは「集団免疫」によって収束を目指しています。

新潟大学名誉教授の下地恒毅医師が、独自路線を進めるスウェーデンの現状をスウェーデンのジャーナリスト、クリストッフェル・ラーゲ・クランツ氏に聞きました。

 

スウェーデンは各分野の専門家が官僚のトップになる。

そして政治家ではなく、官僚が責任を持って政策を実行する

 

下地恒毅(以下、下地):スウェーデンは集団免疫による感染拡大防止政策が成功しているようだとお聞きしました。それは集団免疫が普及しているということですか。

クリストッフェル・ラーゲ・クランツ(以下、クランツ):実際は集団免疫が目的ではありません。スウエーデンの方針は、高リスクを持った方や高齢者の隔離を促すことです。具体的には70歳以上の方を隔離しています。ただ、強制ではありません。できるだけ人と会わないようにするということです。

下地:となると、スウエーデンと日本は似ていますね。緩やかな政策を進めているということで……。

クランツ:でも、日本は「自粛」ですよね。そして、それを強制する法律的根拠はない。

スウエーデンは、国民が普通の生活ができるように社会を動かしています。ただし、いくつかの守るべきガイドラインはあります。例えば、50人を超えた集まりは禁止されています。レストランやバーは営業可能ですが、お互い1mのソーシャル・ディスタンスをとらないといけません。レジでは行列ができないようにする、などです。新型コロナウイルス感染症で多くの人が死亡していますが、政府のこうしたやり方は国民から高い支持を得ています。

下地:医療の専門家も政策を支持しているのですね?

クランツ:政策への支持者は多いです。スウェーデンは行政制度が少し特殊で、政治家が法律の実施に関与できないようになっています。政治家は法律と条例を作る。そして、それをどう使うかは官僚に任せられています。

そのため、スウェーデンと日本では責任の考え方が違います。法律や条例に関しては大臣に責任はあるが、どう実施されたかは官僚や役人に責任があります。多くの国は政治家が指導力を国民に示したいため、政治家がロックダウンを決断しますが、スウェーデンは官僚に判断を任せています。

同じ北欧でも、フィンランドはロックダウンをしています。現在、フィンランドはロックダウンを解除しようとしていますが、今後の問題は第二波の襲来です。一方で、スウェーデンはこれまで感染数は多かったけれど、今後は減っていくと言われています。

スウェーデンの新型コロナウイルスの専門家に「死者数が増えていますが」と質問すると、「今を見ないでください。1年後の話をしてください。最終的な結果を見てから判断してください」と一蹴されます。

下地:フィンランドは報道の自由度ランキングが世界1位です。しかし、フィンランドのロックダウンという政治的決断は民主主義と矛盾するように思います。この点をクランツさんはどうお考えですか?

クランツ:フィンランドは、政府の権力がスウェーデンより強いイメージがあります。「決断するのは政治家でなければならない」という雰囲気があります。スウェーデンでは、ロックダウンを守らなかった人に罰金を科すということは考えられません。

スウェーデンは「科学を愛する国民」です。行き過ぎている面も確かにありますが、それよりも社会が合理的に動いている面が多いと思います。

下地:スウェーデンの今後がよくなることが期待できますね。

クランツ:最近、こんなスウェーデンの専門家のコメントがありました。「ロックダウン政策をとっても、最終的にたいして変わらないのでは」。ロックダウンすることでさまざまな負の面が出てきます。家に長時間閉じこもることで鬱になったり、家庭内暴力など……。

下地:緩やかな政策が最終的に良いのかもしれませんね。ところで、スウェーデンは政府や行政に対する信頼がとても高いのは、どうしてですか?

クランツ:日本の政府は、まあどの政府もそうでしょうが、常套文句がありますよね。「この1週間が一番大事、この1カ月が大事」とか(笑)。

下地:日本は政治家が科学的なデータを根拠に理論的に発言しているわけではありません。専門家会議に責任をなすりつけています。しかも、専門家といいますが、かならずしも感染症が専門分野ではない。

クランツ:スウェーデンに専門家会議はありません。なぜなら、スウェーデンは専門家が官僚のトップになっているからです。スウェーデンで政策決めている人は専門家です。何年もの間、感染症を研究し、臨床も経験してきたプロなどです。

多くの国では記者会見に政治家が登場します。たまに専門家が横に立ちますが、スウェーデンは専門家である官僚トップだけが記者会見に出ます。政治家に期待を寄せるよりも、専門家である官僚に期待を寄せています。

下地:信頼があると、国民は安心できますよね。

 

スウェーデンは今後、数週間で

半分から3分2の国民が感染して集団免疫になる

 

クランツ:今度は私からの質問です。日本は医療崩壊が起きているのですか? というのは、スウェーデンの人口は日本の約10分の1ですが、今のところ医療崩壊という話はまったくありません。ベッド数はまだ半分くらい残っています。しかし、日本は感染者数が比較的に少ないのに医療崩壊しているという話を聞きます。不思議です。

下地:それは、病院のICU(集中治療室)と救急のベッド数が決められているからです。そして、医師や看護師の絶対数が少ないためにICUで働く医師も少ない。ICUやベッド、スタッフの数が足りなくなって、患者を受け入れられないのが医療崩壊です。新型コロナウイルス感染症の爆発的な患者数増加への準備が十分にできていないということです。

クランツ:現在、日本の医療現場はどんな状況ですか?

下地:一部の医師らの負担が大きくなっている状況です。新型コロナウイルス感染症はICUと救急で対応しているのでそうなります。彼らは患者のケアで手が一杯です。

一方で、ICUと救急以外の医師らは比較的余裕があります。外来も院内感染が怖いため患者が病院に来たがらないからです。しかし、患者がこないと病院の経営は苦しくなる。すると、小さい病院は潰れてしまいます。今、そうした現象が起きています。特に開業したばかりの病院はお手上げです。これからという時期に潰すしかない。今後、多くの個人病院が潰れるのではないかと懸念しています。

クランツ:日本の本当の感染者数は何人だと思われますか?

下地:専門家に聞くと、4、5倍という人もいれば、10倍という人もいます。慶応義塾大学病院が新型コロナウイルス感染症以外の治療を目的とした無症状の外来患者を検査した結果、約6%が陽性者だったと発表しています(編集部注:東京都の人口は約1300万人。その6%は78万人/日本の人口は約1億2000万人。その6%は720万人)。

クランツ:スウェーデンの首都ストックホルムは、今後、数週間で半分から3分2の国民が感染して集団免疫になるという計算があります。大半が抗体を持てば感染は広がらなくなるとされています。

下地:私はコロナウイルスの専門家ではありませんが、臨床医の一人としてスウェーデンから新型コロナウイルス感染症対策について多くのことを学べるのではないかと思っています。

新型コロナウイルス感染の最大の予防は、感染者の飛沫を浴びたり触れたりしないことだと思います。その対策として1、2mの社会的距離を取る(social distancing)、飛沫を吸わないようにマスクをする、飛沫がついた可能性のある部位を消毒することなどだと思います。

新型コロナウイルス感染症は日本だけでなく人類の敵ですから、国際的な連携が急務ですが、現状は必ずしもそうはなっていないのが残念です。

(文責:瀬川牧子)

 

クリストッフェル・ラーゲ・クランツ

ジャーナリスト、映像ジャーナリスト、ディレクター。スウェーデン生まれ。1998年、初来日。2004年、早稲田大学商学部卒業。豊島区「男女共同参画推進会議」副会長。2009〜201年、ブラジル・サンパウロで写真家として活動。2016年、再来日。2018〜2019年、ハフポストのネット配信番組「ハフトーク」ディレクター。グローバルなスタンスで日本の「#Metoo」ムーブメント、リプロダクティブ・ライツ、LGBTの権利など、女性とマイノリティが抱える問題などを特集。

 

下地恒毅(kouki Shimoji)

新潟大学医学部教授、ミネソタ大学客員教授、ニューヨーク医科大学客員教授、ロンドン大学客員教授を経て、現在、新潟大学名誉教授。英国王立麻酔科学会専門医、米国大学麻酔科医会会員、NPO標準医療情報センター理事長、NPOヘルスケアサポートセンター理事長、統合医療予防医院院長、医療法人誠心会吉田病院顧問、医療法人社団清惠会田村外科病院顧問、JTKクリニック名誉院長、癌研有明病院非常勤顧問、(有)ペインコントロール研究所会長、国際医学ジャーナル4誌編集委員。

Meker Dahlstrand/imagebank.sweden.se