新型コロナウイルス感染症は、世界各地で拡大している病気です。そのため国境を超えて各国の情報を収集することが重要になってきます。そこで、JFJNは世界各国の医療専門家やジャーナリストらから新型コロナウイルス感染症に関する様々な情報を聞き感染収束に役立てたいと考えています。
第2回はイスラエルです。エルサレム在住のフォトジャーナリスト、エヤル・ワルシャワスキー氏に現状を報告してもらいました。
イスラエルは感染者「0」でもロックダウン
個人的にはイスラエル政府の徹底した新型コロナウイルス感染症対策には満足しています。
「もし、我々が何の対策もしなければ、イタリアのような結果になるだろう」「これは黒死病のようなものである」「1万人以上が死亡するであろう」
イスラエルのベニヤミン・ネタニヤフ首相は、新型コロナ感染症拡大初期に国民にこうメッセージを出しました。日本人にとっては過激な発言に聞こえるかもしれませんが、そこには1人の命も失わせなという必死さが込められているのです。
3月19日、イスラエル政府は感染者0人という状況にも関わらず緊急事態宣言を発表しました。ロックダウン(都市封鎖)を行ない、空港を閉鎖。中国からの入国を一切禁じました。そして、1日3万件の新型コロナウイルス感染症検査を実施し、封じ込めを徹底しました。
緊急事態宣言でイスラエルは陸の孤島になったのです。しかし、この孤立状態が国を守ったとも言えるでしょう。そこで、5月18日からはロックダウンが緩和され、学校が再開しました。今、日常生活が戻りつつあります。
研究者らによると、新型コロナウイルス感染症患者の大多数は欧米から入ってきたと発表されています。イスラエル人は世界各地に親戚や家族がいます。特に欧米に多いのです。しかし、新型コロナウイルス感染症が騒がれ始めた頃は、香港やタイなどアジア圏から帰国したイスラエル国民が2週間の隔離の対象とされていました。
イスラエル軍は超正統派ユダヤ教徒が住む地区を占拠
イスラエル政府の自粛政策は、一部の特殊な団体を除いて徹底されていました。一部の特殊団体とは「超正統派ユダヤ(ハシディック)」のコミュニティです。彼らは緊急事態宣言が発令されても、ユダヤ教の礼拝堂シナゴーグに集団で集まり、伝統的・宗教的舞踊を行なっていました。感染拡大の温床ともいえる光景です。
超正統派ユダヤ教徒は最低4人の子供と一緒に狭いアパートで暮らしているため、シナゴーグで感染し、それを家族へと持ち込みます。
そこで、イスラエル軍は超正統派ユダヤ集団が住むテル・アビブ東部を占拠しました。その地区に新型コロナウイルス感染症患者が蔓延していたからです。
緊急事態宣言の期間中、一般市民は街に出ることは基本的に禁止されていましたが、私はフォトジャーナリストとして外出が許可されました。私のような報道関係者には政府から特別撮影許可書が発行されます。そして、その取材中に街中で悲惨な情景は特に目にしませんでした。
イスラエル人は緊急事態には慣れすぎている
イスラエルの医療制度は、緊急事態宣言中でも問題なく機能します。それは、私たちイスラエル人は予想外の緊急事態に慣れきっているからです。
新型コロナウイルス感染症が拡大中でも、政府や病院の対応は非常に素早く臨機応変でした。新型コロナウイルス感染症患者の増大を見込んで、各病院はベットを数百台追加し、待機していました。
しかし、見込みよりだいぶ入院患者数が少なかったので、かなりベッドに空きがある状態です。イスラエル人は日本人と違って事前に計画を立て、目的に向かってコツコツと進んでいくのは苦手です。しかし、新型コロナウイルス感染症のような混乱した現場に直面すると強い力を発揮します。現場至上主義と言えるでしょうか。私たちは日常的に不意のテロリストやミサイル攻撃に襲われています。自宅の地下には核シェルターが設置されています。子供が公園で遊んでいる時に不意にミサイルが飛んでくると、数分以内に地下シェルターに避難しなければならないのです。
イスラエル人は自己主張が強いので、それぞれ違った意見を述べます。だから、通常時は私たちは議論ばかりしているように見えるでしょう。しかし、新型コロナウイルス感染症のような命に関わる状況下では、国民は一瞬で一丸となります。政府の外出禁止令にも無言で従います。新型コロナウイルスによって、バラバラだったイスラエル国民がひとつにまとまったという良い面もあります。ただ、一方で4月後半にはネタニヤフ首相の退陣を求めるデモも行なわれましたが。
封じ込めは成功したが、経済は守れなかった
「健康」に関わる新型コロナウイルス感染症対策は成功しましたが、「経済」の面での評価は低くなります。日本と同じように緊急事態宣言中の営業自粛によって企業は大きな打撃を受けました。失業者対策もまだ実行されていません。国民は給付をまだかまだかと待っている状況です。この点は日本と似ていると思います。
見えない戦争に勝つには国際協力が必要
5月上旬に新型コロナウイルス感染症の治療薬が開発され、これから臨床試験などを行なうというニュースがありました。また、ワクチンの開発も進んでいるとの情報も入ってきています。新型コロナウイルス感染症の影響を受けて、イスラエルは農業の自給率を上げることを決定しました。
私はイスラエル人なので、軍隊への入隊経験があります。しかし、新型コロナウイルス感染症 はこれまでの可視化できた敵や戦争とは種類が違います。見えない戦争と言ったらよいでしょうか。五感で感じることができないのです。見えない、臭わない、触れられない。危険を認識するのは至難の技です。この脅威は国境を超えます。この見えない戦争に勝つためには国際協力が必須です。
イスラエルと日本が協力し合って、技術や対策を共有できたらいい素晴らしいと思います。
(翻訳・文責/JFJN 瀬川牧子)
Eyal Warshavsky (エヤル・ワルシャワスキー)
フォトジャーナリスト。エルサレム在住。イスラエル・パレスチナ問題、紛争地域、戦争、自然災害、社会問題などを約20年に渡り取材。1999年、「ワールド・プレス・フォト」(世界報道写真展)のスポットニュース部門で大賞を受賞。現在は米「ニューヨークタイムズ」紙、「ワシントンポスト」紙、仏「ル・モンド」紙などで活躍。写真のほかドキュメンタリー映像も配信中。
ウェブサイトは https://eyalwarshavsky.photoshelter.com