石川県珠洲市の自動運転車、高齢化問題解決の道を走る(「ZOOM JAPON」より)

世界最先端の「自動運転車」が能登半島の珠洲市に

2016年リオ・オリンピック閉会式。日本の最先端技術とアニメキャラクターを駆使した演出で、“アベ・マリオ”(安倍晋三首相)は次回の2020年オリンピック開催国が日本の、そして東京であることを世界に強く印象づけた。

安倍首相は、東京オリンピック期間中に世界中からやってくる数百万人の観光客に対して、日本の最先端技術をPRする意欲に燃えている。その重要項目のひとつが車の“自動運転”だ。2015年4月の国家戦略(SID Cross ministerial Strategic Innovation Promotion Program)には自動運転が含まれ、安倍首相は「2020年には東京のいたるところで自動運転を目にするだろう」と話していた。

オリンピックは、開催国に交通技術の発展を与える場でもある。1964年の東京オリンピックでは、東京駅から大阪駅まで“夢の超特急”といわれた「東海道新幹線・ひかり号」が開通した。ひかり号は日本の高度経済成長の象徴のひとつでもあった。そして、2度目のオリンピックとなる2020年には、自動運転で世界の注目を集めようとしている。

自動運転が国家の威信をかけた最新技術のPRである一方で、東京から北西に700km離れた能登半島最先端にある石川県珠洲市では、生活のために自動運転の実用化を待ち望んでいる人たちがいる。高齢化と過疎化に悩む珠洲市は、現在、金沢大学と連携して自動運転の試験走行を進めている。

珠洲市の人口は約1万5000人。65歳以上の高齢者率は46.4%(2016年現在)。日本の高齢化率27.5%(2016年)と比較すると2倍近い。2020年のオリンピック開催時には、同市内の高齢化率は50.2%になると予想されていて、高齢化が進む地方都市の典型的な場所だといえる(出典:厚生労働省・人口研究所)。 

 

市役所と大学が共同で「自動運転」に力を入れる珠洲市

能登半島の先端にある珠洲市は、石川県の県庁所在地である金沢市から車で約3時間。鉄道はなく、自動車が一般的な交通手段だ。

日本海の漁師町。漆黒の能登瓦と渋茶の外壁の木造二階建ての家が多く、統一感ある景観を醸し出している。漁業だけでなく農業も長い伝統があり、同半島の里山と里海は「世界農業遺産」にも指定されている。伝統だけではない、同市内には新時代を感じさせるものもある。

なだらかな丘陵地帯には白い風車の風力発電機が稼動し、田園地帯にはメガソーラーパネルが広がっている。市内では「バイオマス」や「エコ」の文字が目につき、「自然エネルギーPR館」もある。2003年、28年間の住民らの反対運動の末、珠洲市は原発の建設を中止した。自然エネルギーを推進する市になったのだ。

珠洲市役所財政企画課の金田課長は「2020年のオリンピック開催国として、国は首都圏で自動運転を実施したいでしょう。そのために現在、トヨタ、日産、名古屋大学などが実験しているのだと思います。しかし、自動運転の必要性は大都会ではなく、過疎地にこそあると思います。日本の7割ほどを占める小さな地方自治体は、高齢化や交通問題に直面しています。こうした問題を解決してくれるシステムが自動運転だと信じています」と語る。

珠洲市のタクシー運転手の平均年齢は51歳。バスの運転手は60歳以上だ。二種運転免許運転手の高齢化は年々進んでいる。

「市内を走るバスは1社、タクシー会社も1社。バスは地域によっては1日に1本しか走っていない。タクシーも配車まで1時間半待ってもらうこともあります。バス、タクシーなどの公共交通の運転手の確保が難しい。自動運転がその問題を解決してくれると期待しています」

2年前、金沢大学との自動運転の共同事業の話がきたとき、金田は「自動運転をこの街で運行することにメリットしかない」と即答した。

自動車は街中にはほとんど走っていない。日中は自転車に乗って移動する高齢者の姿をちらほらと見かけるほどで、夜になると市内全体が真っ暗になる。

谷野旅館の女将・谷野英子さん(58)は「自動運転車は必要です。山里に住む80歳過ぎの父が、約40分かけて、軽トラックで毎週野菜を運んでくるんです。運転が心配です」という。ご主人の勝彦さん(64)は、2年前にリュウマチにかかり闘病生活中だ。「手足がしびれるので運転は不安だが、週2回、病院まで注射を受けに行かなければならないんです」と話す。

「80歳になったので運転免許を返上しました」と語る石田さんは脳梗塞で寝たきりの夫(85)と市役所から約5km離れた農村で2人暮らし。年金と畑でとれるナスやキュウリなどを食べて生活している。石田さんは日常品を電動自転車で買い出しに行く。病院へはタクシー利用だ。

元栄養士で地元の小中学校の給食を担当していた中濱房子さん(75)は、築100年ほどの能登黒瓦の木造造りの家に1人で住んでいる。中濱さんが住む古い漁師町は、若い人が都市に行ってしまったため「空き家」が増加。中濱さんの家の周囲は10件以上無人だ。

「昔は秋祭りの時などに近所の子供たちが30、40人ほど遊びに来て、私が作った赤飯や煮物などの手料理を食べさせたよ。学校にも子供がたくさんいた。給食のときにはお米の釜を5、6釜ほど炊いていたのが、今は一釜だけ」

9月6日、中濱さんの住む町では、高さ6m、重さ2tほどの灯篭を運ぶ伝統祭り山車「キリコ」が出回っていた。参加者は40名。日中は気温が30度前後と暑くなるので、高齢者は家で休んでいるという。

この地域では、9月の「キリコ」の祭りの時期を「よばれ」と呼ぶ。近所の人、親戚、友人、旅行者らを地元のサザエ、アワビなどの海産物をふんだんに使った伝統料理で迎える「おもてなし」の風習が残っている。

しかし、過疎化の影響で、こうしたの伝統も薄れつつあるようだ。中濱さんは「よばれ」を2年前からやめた。

珠洲市は2004年3月、廃校になった小学校の校舎を利用して金沢大学とともに社会人学校を作った。そして「環境」「汚染」「大気調査」「伝統」「過疎化」「生物多様性」「自然」など様々な調査研究を進めてきた。その努力が実って、昨年、人口減少や高齢化などによって今後日本が直面するであろうプラチナ社会の問題解決に向けた先進的な取り組みを表彰する「プラチナ大賞」(総務省・経産省が後援)を受賞した。

受賞に加え、東京から金沢市までを2時間半で結ぶ北陸新幹線が開通したことで、珠洲市への観光客も増え始た。同市観光課の調べでは、2014年は82万5820人だったが、15年には132万223人が訪れ、160 %の増加を記録している。

観光課の小澤友貴哉さん(29)は「自動運転は面白い進んだ取り組みだと思います。祭りなどの“伝統”と自動運転の“テクノロジーの進んだ町”として世界に知ってもらえたら嬉しいです」と語った。

 

「車を運転したくなくて、自動運転開発を夢みました」

数百年の伝統を誇る山車「キリコ」が町を練り歩いていた同じ日、金沢大学工学部の菅沼直樹准教授は「自動運転車」の試験運転していた。

自動車メーカーの「トヨタ」がある街として知られる愛知県豊田市生まれ。両親もトヨタに勤めていたが、菅沼准教授は車嫌いだった。

「運転が嫌いなので“自動運転”を開発しようと思ったんです。運転って疲れるじゃないですか。体力的にもきついですし」

月に3、4回ほど同市内の実験走行をしている。2015年2月に公道を走り始め、今では走行距離60km。当初、最高時速は30kmだったが、現在は60kmにまでなった。実験車であるトヨタの白いプリウスのルーフには360度回転する円筒がついている。周囲の情報を読み取るセンサーだ。これで正確な位置を把握する。

市役所から約3km離れた珠洲市総合病院までの試験運転に同乗した。パソコンで目的地を設定。「目的地は設定されました」と女性の声が案内を始める。速度の上限を50kmに設定。GPSが搭載されている幅30cm縦20cmほどのモニターにセンサーが収集した画像が映る。背の高い建物は赤色、人や車は緑色で表示。道路交通法上、ハンドルに手を添える必要はあるがハンドルを回したりブレーキを踏んだりする動作は必要ない。

信号が赤になると認識して停止。「まもなく信号の交差点を左折します」。走行中、大型トラックが道端に停止していた。人が運転していれば、中央線を少しはみ出してトラックを追い越すのだが、自動運転車は停止した。「ソフトの設定が車線をはみ出さないようになっているんです。今日はそれほど日差しが強くないのですが、明る過ぎると信号の色を認識しない場合もあります」と菅原准教授は説明する。自動運転車は3分後に病院に無事到着した。

 

自動運転の弱点は「天候に左右されやすいこと」

「晴天の多いカリフォルニアを拠点とするグーグルの車と違って、珠洲市は雨や雪など気候の変動がある。そこがグーグルの実験車との大きな違いのひとつです」と菅原准教授は話す。自動運転車は、予期せぬ障害物が置いてある場合、例えば、小枝などよけなくてもよいものに対して過剰に反応して停止したりするなどの問題がある。また雪が降った日などは周囲の景色が変わってしまい認識問題が生じるという。

菅沼准教授は「まだ人間の運転と同じではない。今後はプロの運転手の技術や人口知能を取り入れるなどしていきたい」と意欲を燃やす。

自動運転車を共同開発している「インクリメントP株式会社」(カーナビなどを展開)の大石純也さん(41)は、「これまでのGPS地図製作では想像もしなかったような細かい情報を入力しないといけない」という。交通標識も停止標識から数m先で車両を停止させるなど石川県ならでは習慣などがあり、こうした運転の習慣、風習の違いなども調べている。

「地図の精度を通常の15倍以上にしなければいけません。普通の地図では3mの誤差が認められていますが、自動運転ではタイヤの幅である20cm〜25cmの精度が求められます」(大石)。

こうしたデーターを収集するうえで、都市部と比較して衛星電波の障壁となる高い建物が少ない珠洲市は条件が良いと話す。

 

「わらしべ長者」のように自動運転の研究を進めてきた

自動運転の認識問題を解決するにあたって、今、大きな課題に直面している。それは自動運転の研究者の人数が足りないことだ。「研究者が10人は必要。10人いればグーグルやドイツの技術と同じレベルに到達出来る可能性はある」と菅沼准教授は言う。

現在、研究者は教授を含め3人しかいない。研究者の一人、パレスチナ自治区出身のムハメド アムノ アルヂバジャ (Mohammad Amno ALDIBAJA )(32)さんは、「このプロジェクトにドキドキワクワクしています。目標は運転レベルを人間と同じにするではなく、人間以上のレベルにもっていくこと。人間が交通事故を起こしても問題にはされないが、自動運転が事故をしたら、自動運転業界が大打撃を受けますから」と完璧を求めて開発を進めている。

研究者の確保に苦労しているのは、予算が限られているからだ。現在は自動車メーカー、自動車サプライヤーメーカーなどから、年間4000万円程度の予算がついている。しかし「現実的には年間1億円の研究費が必要なんです」(菅沼)という。

「自動運転の研究は“わらしべ長者”のようでした」と菅沼准教授は笑いながら話す。

“わらしべ長者”とは日本の民話で、小さなものを交換していって、最後には大きなものを手に入れるという話だ。

15年前、修士課程だった頃、研究室の担当教授が突然、車を買って来て「これを自動で動かしてみろ」と言われた。予算0円で開発に着手。しかし、教授に頼み込んで、15 万円のビデオカメラを一台買ってもらった。

カメラの画像解析を始め、10年かけて認識システムを開発。共同開発してくれる企業を探し、100万円の予算が手に入った。認識システムの開発が目的だったが、一部の予算で自動運転システムのソフトを開発した。教授たちからは「あいつは遊んでばかりいる」「自動運転?」などと批判を受けることもあった。

「最初は趣味でやっていました。そのうちに“役に立てたい”との思いが強くなって、高齢者の使用を考えた。2020年が一区切り。20年までに普通の高齢者が運転席に座って運転できるようにしたい。今の時点では“自動運転”は運転を補助してくれるサポーターのようなもの。でも、その先の“完全無人化”を目指したい。私が定年退職するまでのあと20年の間に何とかなしとげたいんです」(菅沼)

経済産業省が発表した「自動走行の定義とロードマップ」は、2020年前半までに「『自動運転』の加速・蛇行・制御のすべてを車両システムが行なう。車両システムが要請した時はドライバーが対応する。2020年後半は、加速・操舵・制御のすべてを車両システムが行ない、ドライバーがまったく関与しない無人運転を最終目的とする」としている。

ロードマップの中には、取り組みのひとつとして「産学連携の促進」が掲げられている。「戦略的協調の受け皿や先端的な研究開発・人材育成の基盤として産学連携は重要であるが欧米に比べて我が国の産学連携は低調」と日本の研究者に対する評価がまだまだ低いことを認めている。

2016年の日本の高齢者人口は約346万人、27.5%だ。日本の交通事故の総計数が減少する中、65歳以上の高齢ドライバーが起こす事故は増加している。警視庁によると、現在、75歳以上で運転免許を持つ人は約3人に一人。約480万人。全国で年間200件を超える高速道路の「逆走」の大半が高齢者だ。

2020年、日本の高齢化率は29.1%と上昇する。珠洲市から誕生する技術革新が高齢者の事故防止に果たす役割は大きい。

「自動運転の実用化のため、世界各国から研究者が来ることを望んでいます。フランスからも是非来てください。条件は英語が話せることです」菅沼准教授は最後に『ズーム・ジャポン』に訴えた。

 

By JFJN (取材/瀬川牧子 写真/リチャード・バハグ・グズマン)

※(この記事はJFJNのメンバーが取材し、「ZOOM JAPON」http://zoomjapon.info/2016/09/doss/automobile-cest-deja-demain%E2%80%88/experience-suzu-reve-de-voiture-autonome/に掲載されたものの日本語訳です)